ゑひもせす京をわたせる祇園会は一二三四五六月七日
恵立(『銀葉夷歌集』)
『銀葉夷歌集』巻第二夏歌、七七首。掲出歌の詞書は「夕立過(ぎ)る後よめる」。雨は酒と違って酔うことはない(「よふ」は「ゑふ」の転)。初句は伊呂波歌の最後の五音、その末尾に付く「京」を呼び出す役割も担っている。結句の「六月七日」は祇園会の始まる日(現在は七月十七日)。四句以下は手習い歌に倣って漢数字、一から始めて六月七日で決めた。
さきつつく卯の花垣はしらかへの塀かまへとそみるへかりける
一声はきいたといふも中々にとつととをいの山ほとときす
一声はとちの方にか有明の月にはけたかやよほとときす
一声を聞(い)てよろこふものはたたうゐの赤子に山ほとときす
一首目の作者は正盛、詞書は「卯華」。三句は「白壁の」、四句は「塀構へとぞ」で、以下「見るはずだ」「見なければならい」といったニュアンスを伝える。二首目の作者は元昌、詞書はなし(その前が「聞郭公」。以下、二首が続く)。三句は中途半端に、むしろ、といったところ。四句の「とつと」は「ずっと」、はるかにへだたっているさまをいうが幼児語の「とっと(鳥)」も無視できない。「一声」に返って不満が残る。三首目の作者は重勝、詞書はなし。二句「とち」は「どち(何方)」、四句は「月に化けたか」、結句「やよ」は呼びかけ。藤原実定の〈郭公なきつるかたをながむればただ有明の月ぞ残れる〉(『千載和歌集』)を踏まえた。四首目の作者は信安、詞書はなし。四句の「うゐ」は「うひ(初)」、「ゐ」と「ひ」は問わない。そして伊呂波歌の「うゐ(有為)」で結句の「山」に「有為の奥山」を響かす。
夏の夜はとにつけかくうにつけてしも団(うちは)社(こそ)よきつかひ物なれ
飛(び)火なら幾度袖を払はまし螢みたるる宇治の川はた
昼ぬれは蠅集(ま)りつよるは又是のみならすかかるめいわく
賤かやは蚊をふすへぬるけふたさに狸ねいりもならぬ夏のよ
一首目の作者は愛宗、詞書はなし。二三句は「とにつけかくにつけ」の「かく」に「蚊喰う(歴史的仮名遣いなら「かくふ」が正しい)」を潜ませた。それによって余る二字は三句に回す。さらに副助詞の「し」で字数を補った、と解する。二首目の作者は金門、詞書は「宇治にて」。初句「飛(び)火」は火の粉が飛び散ること。また、その火の粉。三句の助動詞「まし」は反実仮想、そう考えると結句「はた(端)」は「肌」にも通う。三首目の作者は半笑、詞書はない。四句に蚤が隠れ、結句では蚊が二匹飛んでいる。昼は蠅、夜はトリオ(蠅蚤蚊)に責められるがどうしてよいかわからない、の意。四首目の作者は之時、詞書はなし。蚊帳のない「賤が家」である。そこで蚊遣火で蚊を燻べることになるが材料は草木の葉、三句の「ぬる」が「寝る」に見えるから不思議である。下句、煙の縁で狸の登場となった。