みるからにひれある人の家ゐには玄関口もささてさし鯖
満永(『銀葉夷歌集』)
『銀葉夷歌集』巻第三秋歌、一〇七首。掲出歌の詞書は「百首歌中に玄関刺鯖」。「刺鯖」は背開きにした塩鯖二尾を一刺しにした盆の贈答品、二句の「ひれ(鰭)」には魚の鰭のほかに貫禄や羽振りなどの意がある。三句「家ゐ(家居)」の「ゐ」は字数調整だろう。結句は「篠で刺し鯖」、そして「然然で刺し鯖」。「然然」は、しかじか、これこれ、の意である。
なき玉の今宵くるくるくるくるとまはり灯籠ともしてそまつ
聖霊のちさうのためにそなへ置(く)瓜もなかこは仏ならすや
御法度の踊の太鼓うつやそのてれつくてんのはちそあたらん
秬(きょ)にあらず稗にもあらて畑際にほにほのそふる薄なりけり
一首目の作者は行風、詞書は「玉祭」。「玉」は「魂」と同語源、『日本国語大辞典』で「魂祭」を引くと用例に「玉祭」とある。その「玉」が帰って「来る」と「玉」が転がるさまをいう「くるくる」を重ねて四句「回り灯籠」を導く。影絵が主役のようだ。二首目の作者は伯水、詞書は「百首歌中に玉祭瓜」。四句の「なかご(中子・中心)」は瓜の種子を含んだ柔らかい部分、また堂の中央に置くところから斎宮の忌み詞で仏の意となる。三首目の作者は光友、詞書は「躍(り)法度と有(り)し年に」。初句「法度」は法令、ここでは禁止されていること。結句の「ばち」は太鼓を打つ「桴」とその見返りとしての「罰」を指す。四首目の作者は方碩、詞書は「百首歌中に畑際薄」。初句「秬」は黒黍のこと。四句は「穂に穂の添ふる」。初二句で二つの作物を提示して否定、四句で擬して、結句で正体を明かした。
雲の浪こいて出(で)ぬる月の船の棹になりてやわたる鳫かね
出(づ)るより西へいるまて時付(け)のときをちかへぬ月の御船(みふね)
月弓のはすの違(ひ)しやくそくはひくにひかれぬ用とおほせよ
月弓のひくにひかれぬ用そとてやくのちかふは大はすそかし
一首目の作者は伯水、詞書は「百首歌中に月前鳫」。三句「月の船」は空を海、月をその海を渡る船に喩えた。四句「や」は反語、月を背景に雁が列をなして飛んでいる図、すべてが見立てなのだ。二首目の作者は満永、詞書は「月」。三句「時付(け)」は時刻を指定すること、空の御船の発着に乱れのないことを云っている。結句が六音の例である。三首目の作者は伯水、詞書は「ともなふ人の方へ月みにまからんと兼(ね)て契りしにさはる事有(り)けれはかく申(し)つかはしける」。初句「月弓」は「月弓尊」(月の神)また「槻弓」も同音である。弓の縁語でもある「筈」を効かせながら四句、さらに結句「おぼせよ(思せよ)」、お思いになって下さい、と断りを入れた。四首目は、その「返し」である。作者は方碩。「ひく」の多義性を受けて結句「大筈」(無責任なこと)というどんでん返しで一矢報いた。