下くくり畳のへりのあはひよりたつ風の手を敷ふすま哉
                                       金門(『銀葉夷歌集』)


 『銀葉夷歌集』巻第四冬歌は全七七首。掲出歌の題は「衾」。初句は「下潜り」だろう。床の下から畳の縁と縁の間を通って風が入ってくる。夏であれば涼しいが冬である。たまったものではない。衾は体にかける夜具。それでいけば床に敷くのは褥である。なぜ結句「敷ふすま」なのか。四句「風の手」に対抗して袖や襟の付いた衾にした、と読んだがどうか。

  人とはぬ隠居の門ををとつるる風のみやけは木(の)葉成(り)けり
  中々に火桶といはん水桶に手をさしみれは厚氷哉
  わたりてもなき山川にをのれのみはね橋かくる雪折(れ)の竹
  銭蔵といははやいはん火燵にはあしにおあしの集(ま)りてあり

 一首目の作者は伯水、題は「百首歌中に隠居落葉」。老いという現実を一つの典型として描いたような作品である。読んでいて残酷なぐらいだ。それを支える手法は風の擬人化であった。二首目の作者は信安、題は「氷」。「水桶」が「火桶」になる根拠は「厚=あつ=熱」という音の共有、そして熱さと冷たさと性質は両極端であるが耐え難い程度において「中々に」(むしろ、いっそのことの意)なのだ。三首目の作者は重香、「題しらす」。初句は「渡り手も」。二句「山川」は山中を流れる川、ちなみにサンセンとヤマガワの読み方があるが私は前者を採る。四句「跳ね橋」は城の入り口などに設ける橋すなわち結句「雪折(れ)の竹」の見立てである。四首目の作者は信安、題は「火燵」。初句「銭蔵」は銭を貯えておく蔵。二句「云はばや云はん」、見立てである。火燵の中には足、そして足も御足も銭の謂いである。

  商(ひ)の片手に案しつつくるは節季仕舞(ひ)と元日の歌
  柊にて鬼か目をつくそのひまに福徳神や内へいりまめ
  福は外鬼は内へと節分の豆をは誰もいるまやう也
  福は内へ煎(り)豆蒔(い)てもてなすをひろひひろひや鬼はいぬらん

 一首目の作者は藤原貞因、題はない。四句「節季仕舞い」は節季(ここでは歳末の意)の支払いを済ませて決まりをつけること、こちらが洩れのないように調べる意なら、結句は考えを巡らせること、面目躍如である。二首目の作者は一飛、題はない。初句「柊」、節分には悪鬼払いとして枝葉に鰯の頭を付けて門口に挿す風習があった。四句「福徳神」は「福徳人」に倣ったか。結句「煎り」には「入り」を掛ける。三首目の作者は貞林、題はない。結句の「いるまやう(入間様)」は入間詞すなわち逆さ言葉である。そこで気になるのが四句の「も」である。誰もが入間詞を使ったか。否、歴史的仮名遣いよりも発音である。「入間様」は福も鬼も「いるまよふ(入る迷ふ)」と解した。四首目の作者は宗長法師、題はない。結句「去ぬらん」、鬼の退場が滑稽に描かれている。今と違って節分は大晦日に行われたようである。