離別せんいやのかちやれとやかくと思案半(ば)の子はあいの釘
意楽(『銀葉夷歌集』)
『銀葉夷歌集』巻第七恋歌は一九二首。掲出歌に題はない。二句は「いや(嫌)」と「がち(月)」(「頑痴」の音変化で「野暮」)を助詞「の」と「やれ」で並列する。「嫌とか月とか」である。結句「あいの釘」は「合釘(間釘)」の四音に「の」を挿入して五音にしたもの、両端のとがった釘、板と板を接ぎ合わせるのに使う。当然として「合」に「愛」を掛ける。
恋こかれ儒学もやめて千話文をかくたりけんたりねたりおきたり
春の夜の一夜もさそな長あくひああすうあすと待(ち)こかるらん
まてといひて又くることのならぬとはやらめいわくの糸ふしんなり
一首目の作者は宗意、題は「寄儒者恋」。三句「千話文」は「痴話文」。四句は「赫たり喧たり」で『大学』(講談社学術文庫)の伝三章の詩句、威儀をいい、結句の「寝たり起きたり」と対句になっている。「赫」に「書く」を掛ける。二首目の作者は伯水、題はない。結句は現在推量の助動詞「らん」、待っているのは女と読む。すると二句「さぞな」は「さだめし」「きっと」。四句は「明日」に聞こえるが「(「明日」に掛けて)長あくび」そのものであろう。三首目の作者は愛宗、「題しらす」。初句「まて(真手)」は両手の意、これに「待て」を掛ける。二句「くる(繰る)」に「来る」を掛ける。四句「やら」は感動詞、「めいわく」はどうしてよいか迷うこと。恋歌である。で結句であるが、二人で糸を巻き直しているのである。「ふしん」は「普請」の響き、「糸」に副詞の「いと」を掛けているならば「不審」である。
引(き)よするいとしい君よ三味線のこまいといふは何のはちそや
さいならは五三のうらの恋といはん四の二物をそ思ふそれかし
我恋はちきの棹かやふらるれはおめにかかりて猶思(ひ)ます
一首目の作者は粧色、題は「寄三味線恋」。引き寄せているのは男、引き寄せられているのは女。四句は「こまい(小舞)」に「来まい」を掛け、結句「ばち(撥)」に「罰」を掛けた。濡れ場だ。三味線と小舞が一緒になるのは歌舞伎舞踊の一形式である拍子舞である。二首目の作者は宗兼、題は「寄双六恋」。初句「賽」、平仮名であるのは「妻」を掛けるか。二句「五三」は賽の目、そして五三の君(京都島原の最高位の太夫の異称)を掛ける。「うら(裏)」に同語源の「心」を掛け、三句「恋」には出てほしい賽の目つまり乞目の「乞い」を掛ける。「裏」は双六で後から賽をふる番、作中「それがし」の恋であることがわかる。四句、四と二が同時に出れば逆転のチャンスなのだろう。三首目の作者は方碩、題は「寄知斤恋」。「ちき(知斤)」は「ちぎ(扛秤・杠秤)」に同じ、大型の棹秤である。棹の一端に受け皿がある。その近くに支点があって物を乗せると反対側が上昇する。棹が平行になるまで重りを加えていく。それが三句以下である。「思ひます」は発音レベルなら「重い、増す」となる。