こんにちは、ニートです。
言葉ってほんとうに難しいものですね。たとえば「私は恥をかいたことがない」と言ったとしましょう。私の年になってそんなことを言うと、嘘としか思われないと思うんですけれども、小学生ぐらいであればありうるでしょうか。
小学校一年生のころ、授業中にがまんできず、小便をもらしてしまったことがあります^^;友達からからかわれたので、今でもよく覚えています。そのときは先生にやさしく処理していただいたため、それほどまずいとは思っていなかったのですが、多分小学生の高学年になったころ、「しょんべんたれ」と、当時を思い出させるからかいをうけて、深く傷ついてしまいました。なんと恥かしかったことでしょう。今考えると馬鹿らしいほどに悩み続けました。今はつらの皮も厚くなり、あんなことは恥だと思っていないのですが、当時は「恥」だ、と思っていたわけです。年齢によって一つの言葉が指し示すことがらが、対象にもなり、対象からはずれたりするわけです。一人の人間のことでさえこうですから、身内はもとより、他人であれば「恥」の内容も千差万別になるのは当然ですよね。
では、恥をかいた、と自分が考える、一般的な目安はあるでしょうか。私の場合は、顔がほてってきて、その場にいたたまれなくなります。そういう時は、恥をかいていると思っている、と思います。これは生物としての人間の体の作用ですから、ほかの人が、かりにこういう気持になったら、その人もきっと恥をかいていると思っている、と、考えてもいいと思っています。でも、小便をもらしてしまっても、年齢や環境によっては、みんながみんな恥ずかしいとは思わないように、なにかまずいことをしても、それが恥だと思わなければ、恥をかいていないわけです。
最近いじめを苦にして自殺をした、という報道に接しました。この「いじめ」という言葉も上に述べた「恥」と同じではないでしょうか。いじめる人は「いじめ」だと思っていない行為や発言も、いじめられる人にとってはひどい「いじめ」に合っていると思う可能性があります。したがって、ある行為や発言が「いじめ」だ、と決めて、それをしないようにしましょう、というご指導だと、役に立たないかもしれません。いじめられる人が嫌だ、いじめだ、と思っているとしたら、それは「いじめ」でしょう。いじめられる人はたぶんおとなしい、やさしい人でしょうから、「いじめられていると思っているなら、なんでそう言わないんだ」というお叱り自体も不適切かもしれません。
やはり、人のいやがることをするのは、たとえそれが、自分には小さなことだとしても、さしひかえるのにこしたことはありませんね。