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[ 建築知識 ]

早いもので、昨年6月20日に改正建築基準法が施行されてからまもなく1年がたちます。あらためてこのタイミングで、建築基準法の改正のもたらしたインパクトとその背景について考えてみます。結論から、言えば建設業界もだいぶ落ち着いたなという感じがします。

私がかかわらせていただいているプロジェクトでは、適合性判定にかかるものでも二ヶ月くらい、かからないものでは一ヶ月以下で建築確認が取得されるようになりました。施行前より多少長くなったとはいえ、それほど違和感のある時間ではなくなっています。

そもそも、建築基準法改正で厳格化が図られた耐震基準というのはなんなのでしょうか?

日本建築学会の「市民のための耐震工学講座」にはこう書かれています。

建物をどのようにつくるかは建築基準法,建築基準法施行例,建設省告示などによって定められています。地震に対して建物をどのようにつくるかもこれらの法律などによって定められ,それらをまとめて「耐震基準」と呼びます。

今回の改正で建築基準法自体は1年以上前に制定され、公布されていました。しかし、具体的な確認申請の方法や、構造計算の詳細について出始めたのは平成19年4月を過ぎてからでした。この施行にかかわる詳細のつめの遅れが現場でのどたばたを生んだといえます。たとえば、どのような鉄骨造の建物が適合性判定行きになるかの告示が出たのは施行直前の5月18日でした。

日本の耐震基準は長い歴史の中で整備されてきたため建築基準法単独では具体的な現場レベルの意味をもちえず、施行令や告示やなどが整備されて初めて実務に役立ちます。法を改正しただけでは足りません。ここをわかっていただきたかったです。

↓のリンク先の国土交通省のページには、それぞれの発表の日付が入っていません。ですから、流れがすこしわかりにくくなっています。それでも、「7.関係告示」のPDFを開いていただくと、新しい耐震基準の考え方を具体的に示している告示が平成19年5月に出ていることがわかると思います。また、「8.技術的助言」のいくつかは、6月20日前後に出ていることがわかるかと思います。いまさら言っても始まりませんが、改正の混乱のインパクトは、改正の内容自体よりもその手順にあったことは明らかです。

施行後の状況を思い出してみましょう。いま振り返ってみると、私自身を含めて今回の建築基準法の改正に対して建設業者は「確認がおりない!構造設計者が確保できない!」と騒ぐばかりでした。実際、多くの建設会社は、受注面で年間の受注量の3分の1から4分の1くらいは先送りになるか、プロジェクト自体が消滅してしまう危機に直面したのではないでしょうか?インパクトが非常に大きかったですが、それ以上に今後は改正の内容とその意図自体からこれまでとは建築のやり方の変更をせまられているように感じています。

実は、今回の改正によりより重要なポイントは、申請内容からの変更に対する厳格化だと考えます。現在では、建築確認自体は、軽微な変更についての具体的なガイドラインがだされるなど、当初とくらべてはるかに柔軟に建築確認について運用されています。それでも、この法律により、細かい現場の知恵を生かしたVE提案ができなくなったように感じています。あるいは、地盤の耐力など現場の状況というものは、建築工事をはじめてからわかってくる部分があるのですが、状況によっては十分に調査をしていたつもりであった現場でも、建築確認を取得しなおす現場もあります。

結果として、法改正に対応できずに仕事ができなくなる工務店、設計事務所が残念ながら相当数出てきています。建築確認申請後には修正ができなくなるという現行法の下では、現段階で最低設計施工という一貫した仕事の取り組みが出来ていない会社はこれからますます継続が厳しくなっていくのでしょう。結果として、かなり中堅の建設会社の数が減っていくことが予測されます。

逆にいえば、これまでよりも当初の調査や計画がとても大切になってきていると言えます。どうしても、建築の工程全体を通して、調整をくりかえしながら進めるという従来の仕事の進め方から脱却し、基本的な問題はできるだけ当初の計画にもりこみ、すべての調査を事前に終えておくという体制が肝心になります。

余談ですが、建築基準法改正について調べていて非常に興味深いコメントを見つけました。

建築基準法が「消費者保護」を目的としているのであれば、基本的な事として、条文を民法なみにわかりやすく記述する必要があります。設計、施工者側はわかっても施主が読んで解釈できない条文では消費者に開かれているとは言えません。

 

■お知らせ

日頃、メルマガをご購読いただき誠にありがとうございます。メルマガ発行に使わせていただいているまぐまぐさんから、メルマガ自体は継続されるのですがブログ形式での保存ができなくなるとの通知をいただきました。メルマガ自体はこのまま継続いたしますが、これまで書きためてきた内容についてはいったん会社の社長ブログに移します。会社のURLではないという気楽さで書いてきた面もありますが、社長ブログに移行しても肩の力を抜いて書き続けていきます。今後ともよろしくお願いいたします。

感謝をこめて、

平山秀樹

[ 先人の努力を知る ]

ちょっと時間が戻りますが、4月に善光寺へいったときの話題を。

善光寺さんは、私がお邪魔した時はほんとうに静かなたたずまいでした。もうすっかりおさまらいましたが、オリンピックの聖火リレーの時の様子を見てびっくりしてしまいました。

善光寺さんは不思議なことに、どこの宗派に属しているわけではないのだそうです。私の地元、成田山真言宗、同じ千葉県内の中山法華経寺さんは日蓮宗と、お寺は必ずどこかの宗派に属しているものと思い込んでいたので意外でした。しかも、日本最古の仏像をご本尊とされ、広く信仰を集めている不思議さがあります。

 

境内は広く、写真の山門をはじめ整然と伽藍がならんでいます。山門で有名なのが、この額。鳩が隠れているのがわかりますか?「鳩字の額」と呼ばれているのだそうです。

 

古い古い善光寺さんですが、これまで11回も火災に遭っているのだそうです。火事、防災というのは、ほんとうに建築の永遠のテーマですね。火事を防ごうと、ぬれ仏様が山門の隣に祭られていました。

 

江戸時代にさかのぼる由緒ある仏様なのだそうです。実に美しいお顔立ちで印象的でした。

ご本尊では、戒壇巡りをさせていただきました。



無事に「鍵」に触ることができました。

現在、四川省の地震の災害が毎日マスコミで伝えられています。建築にかかわる者として、被災された方々の生活が一日も早く復旧されることを祈ります。

[ こんなことやってます ]

先日、平山建設での「紹介キャンペーン」でお世話になった方への「感謝の会」を開催させていただきました。ご縁をくださったお客様をご招待させていただき、100名を超えるご出席をいただきました。ありがとうございました。

「感謝の会」では、中国古典で有名な守屋洋先生に記念講演をいただきました。

 

 

近著の内容にもとづいて「性善説」と「性悪説」の代表格として、論語と韓非子の内容を、現代のビジネスに合わせて、非常にわかりやすくお話しくださいました。

お話を伺って、日本人はやはり性善説を前提に行動しているけれども、一歩日本の国を出れば性悪説を前提に行動している人の方がはるかに多いのだと改めて気づかされました。昨今、いろいろ不安をかきたてられる要因はありますが、それでも日本の国の中にいるかぎり約束は基本的に守られるとか、電車はほぼ正確に運行されているとか、あまり基本的なことに目くじらを立てずに生活できます。

しかし、性悪説の立場にたてば、24時間注意を怠ることはできません。人がなにをするかはわからないので、せまってくる相手にどう対応したらよいかという術策を身につけておくことは大切なことです。これからますます性悪説にたって行動する人々とも対面する場面が増えることでしょう。守屋先生はそのためには人を見る目を持っていなければならないとおっしゃっていました。中国の古典のかなり部分は実は人物鑑定についてであるのだそうです。

 

講演会の後の会食ではご縁のあるみなさまからとてもあたたかいお言葉をたくさんいただきました。本当にうれしかったです。

「信頼こそ最高の財産である」と毎日朝礼で社員とともに唱和しているのですが、改めて「信頼こそ最高の財産」なのだと実感させていただきました。

こころより御礼申し上げます。

このご恩に報いるため、平山建設があってよかったといわれるような仕事をひとつひとつさせていただくことです。そのためには、お客様おひとりおひとりが建物を立てるご意思をしっかりと受け止めさせていただき、形にすることです。

[ 先人の努力を知る ]

さてさて、ネタがないと悩んでいたのがうそのように、イベントのことや町並みなどについて書かなければいけないことがいっぱいあって困ってます。

今回は、先週の旧開智学校の続きで松本の街なみで得た感動について書かせてください。

松本は今年ちょうど市制施行百周年なのだそうです。

市長さんの「式辞」を読ませていただいていて地元への誇りを感じます。

やはり、松本の方々の誇りの最も大なるものはは松本城なのでしょうね。

さすがに現存する天守を持つ最古のお城のひとつだということで、随所に工夫があるのを感じました。

たとえば、天守を支えるこの柱です。

一本の柱に見えますが、実は半分の部分で2本の柱をつないであります。「柱継ぎ」といいますが、たぶん修復の時に悪くなったところを切って継いだのでしょう。 

同行していた大工さんが「いまはこういう継ぎ方はなかなかできなんだよな」といって感心していました。普通は、縦方向から入れ込むのですが、斜め方向から2本を入れ込んでいく継ぎ方なのだそうです。四方蟻継ぎの応用なのだと思います。

天守の屋根の組み方もお城としては独特なのではないでしょうか?

昇り梁がお互いに支えあっているいます。大梁を支点にしてテコの原理をつかって屋根の瓦の重さで昇り梁のバランスをとっているのでしょう。桔木(はねぎ)構造というのだそうです。寺社などにつかわれているようです。

それにしても機械力もなく、近代的な構造設計の力学が確立されていない時代によくこれだけの建物を作りあげたものだと感動しました。しかも、400年にわたって地震や火事などの災害に耐え続けたことを考えると、いったい自分たちのやっている仕事はなんなのだろうかとため息がでてしまいます。

 

私はこれも街の方の誇りだと思うのですが、松本市の女鳥羽川沿いにならぶナワテ通りの商店街に感動しました。

なんか欲しくなってしまう不思議な商品がいっぱいありました。写真の「はん」という昇り旗が出ているお店では焼印を売っていました。木箱に押したりするのでしょうね。使うあてもないのに、買おうかどうしようか5分は悩みました。この先の宇宙堂さんでは衝動買いしてしまいました。何を買ったかは秘密です(笑)。

道路の幅は車一台通れるくらいなのですが、これくらいの幅員の道路の方がそぞろ歩きしたくなる感じがします。たぶん、二間(約3.6m)道路なのでしょうね。

地元の方のこの通りへの想いを感じました。

90周年ということは10年前の歌でしょうか?この詩を読んでも、ほんとうに松本の方は松本に誇りをもっていらっしゃることがわかります。

実は私の会社でお願いしている公認会計士の先生が松本深志高校の出身で、松本のことをしゃべりはじめたら止まりません。満ち満ちている誇りを感じます。

今回実際に見学させていただき、松本の街にはなるほど街の方々が誇りにされる知恵と工夫が生きているのだと改めて感じました。

[ 先人の努力を知る ]

長野県がなぜ教育県であるのかよくわかりました。

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旧開智学校があったからです。 

残念ながら今月末まで校舎自体は改修中で、明治を代表すると言われる美しい擬洋風建築の全容を見ることはできませんでした。しかし、明治9年の建設以来90年以上も小学校の校舎として使われ、いまも教育博物館として機能しているすばらしい建築を堪能させていただきました。

設立の経緯からしてすばらしいなと思うのは、建設資金1万1千円という大金の七割を地元の寄付でまかなったということです。ちなみに、明治6年と現代の貨幣価値をくらべると8300倍になりますので、当時の1万1千円は約1億円ということになるのでしょうか(「いまならいくら?」)。貨幣価値だけで比べた1億円の価値をどう考えるかですが、ようやく幕末をこえて混乱していた当時の生活の水準でこれだけのお金を寄付によってまかなえたというのは、いかに地元の方々が教育熱心であったかの証拠ではないでしょうか?

建築にも随所に工夫がこらされていて、天井が和紙張りだというのにも驚かされました。たしか六層張りになっているのだそうです。洋風建築をいかに日本の技術で実現するか創意工夫に満ちていました。

そういえば、富岡製糸場以来かもしれません、こういう見学は。

建築の話題からは離れますが、これなにかわかりますか?

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博物館の中に展示してあった江戸時代の教科書です。

各時代の教育の水準がよくわかる教科書、教材などの展示がいくつもありました。いまから考えると戦前、あるいは明治の教育というのは旧式で丸暗記ばかりという印象がありますが、こういう問題を見るとなかなか一人一人の発想、そして人格的な教育を重視していたことがわかります。

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いまも県内一の進学校として知られる松本深志高校も、もともとは開智学校の英字課がスタートだったそうです。

併設された諸機関は後にそれぞれ独立して、現在も生き続けています。一例を示すと、
・師範講習所(明治6年)は後に、信州大学教育学部に、
・変則中学校(明治9年)は後に、県立松本深志高校に、
・付属幼稚園(明治20年)は後に、市立松本幼稚園に、
・開智書籍館(明治24年)は後に、市立松本図書館に、
・明治三十七、八年戦役紀念館(明治39年)は後に、松本市立博物館に、
・盲人教育所(明治45年)は後に、県立松本盲学校に、
それぞれなりました。
松本市公式ホームページ

松本市は今年で市制施行100年だそうですから、今から135年前に開設された開智学校はまさに地域の教育の母体であり、地域の文化の振興に寄与してきたといえるのではないでしょうか?失礼ながら、地の利に恵まれたとは言えない松本市が現在の隆盛を長野県内で誇っているというのは、その教育の力によるところおが大きいのではないでしょうか?

今回は、付属小学校の話題そのものからははずれてしまいましたが、教育がいかに地域で重要な役割を果たしているのか実感したので、報告しておきます。

[ 建築知識 ]

いつかご報告する機会もあると思うのですが、少々地元で残念なことがおこって気落ちしていたります。先々週は花粉症にかこつけておやすみしてしまいましたし、メルマガのネタもなかなか思いつきませんでした。

そこで、今回は、建築士の試験についての情報はどれくらいネットの上におちているか、調べてみました。受験の準備をしている弊社社員を応援するためにも、趣味と実益をかねて建築士ネタで行きます!(笑)

といっても、以前一回一級建築士については話題として使わせてもらっています。

建築士という資格がとても大切な役割を持っているにも関わらず、これから年間数千人も減っていってしまいかねない大変な状態にあることをお話してきました。

今回調べてみてびっくりしたのは、建築士を受験しようとしている方のブログがかなり存在していることです。さすが、ネット時代ですね。

いやいや、目につくのはなぜか女性のブログばかり...やはり、技術者は無口な戦士というか、ブログ書いているひまがあったら仕事をするか、勉強するかという感じなのでしょうかね。

おっと、まぐまぐにも建築士試験対策のメルマガも存在するのですね。

リンク集も発見しました。これはかなりよく内容が盛り込まれています。「建築士.com」 にはオンラインの問題集もありました。なかなか手ごわいです。

いや、実は知りたかったのは一級建築士の試験範囲でどこまで公表されているかでした。

これはその年にならないと発表にならないそうですね。ただ、来年からは建築士制度の改正にともない、受験科目が増えるなどかなり変わりそうなので、今年が受け時だと言われているようです。

ちょっと前までは、「専門の学校に通わないと合格できない」というのが定説でしたが、改めて試験の情報などが出版され、コンピューターのソフトなども開発されて、「自学自習でも受かる人は受かる」という状態になりつつあるようです。これもまた変化ですね。

[ 先人の努力を知る ]
先週、大網白里町の大里総合管理さんにお邪魔してきました。

お忙しい中、おもてなしいただき、とてもうれしかったです。ありがとうございました!

「21世紀の地域の建設会社」を目指す私にとってまさに我が意を得たりという感じでした。

昨年、中小企業家同友会の「地域の活性化」について語るイベントで大里総合管理の森田部長さんにお会いしました。お話をお聞きして、すばらしい企業が千葉県にあるなと思い、その時から「お邪魔させてください!」とラブコールを送り続けさせていただいておりました。

つい先日も、購読している地域活性化のヒントが満載の「かがり火」という雑誌に大里総合管理の野老(ところ)社長のインタビュー記事が載っているのを発見し、ますます想いはつのっていました。

お邪魔した日は、ちょうど大里総合管理さんの「地域貢献活動」の一貫である「お昼休みコンサート」の日でした。



ショパンとベートベンの「トルコマーチ」を弾き比べてくださったり、とても楽しいコンサートでした。すごいなぁとつくづく思ったのは、赤ちゃん連れのお母さんたちがたくさんいらっしゃっていたことです。お聞きしたら、「ワンデーシェフ」でランチを取るコミュニティーがあるのだそうです。

野老社長さんは、「のびのび社長の航海日誌」で「ワンデーシェフ」について書かれています。

 2月○○日  ワンデーシェフのレストランが始まって4ヶ月経った。7名の「主婦たち」が「日替わりシェフ」になり、持ち前の腕をふるってつくる心のこもった料理は、「おいしい、おいしい」を連発させる。「1日3時間」「限定30食」「すべて相席」の大里レストランが醸し出すものは、「出会う喜び」「役立つ喜び」。ニコニコと楽しそうに動き回る主婦たちのその笑顔は食事をする人たちの「生きる喜び」に火をつける。「誰も儲からない」ことを笑いとばせるからこその「真実」の力は大きい。

ワンデーシェフで野老社長さんと森田部長さんと同行してくれた諸岡正浩さん、同じ日に会社を訪問されていた大学の先生方といっしょにお食事をいただきました。どうもいつも大里総合管理さんにはいれかわりたちかわり来客があるようです。

発芽玄米のごはん、とりのささみなど、写真でも伝わりそうですが、本当にいただいていて健康になっていく感じがするお食事でした。本当にありがとうございました。

写真に撮るのははばかられたのですが、同じフロアーでさきほどコンサートでごいっしょした赤ちゃん連れのおかあさんたちがのーんびりと食事を楽しんでいらっしゃいました。 

おいしくて、健康な食事は人をしあわせにします。お食事をいただき、おいしいコーヒーをいただきながら、地域活性化のために、しっかりと野老社長が経営されているさまざなか工夫とご努力についてお話を伺いました。

お話を伺えば伺うほど、すごいのはレストランだけではないとわかりました。先ほどの「かがり火」のインタビューから引用します。

その一つが学童保育。親が共働きの子どもたちは、学校を終えると、“ただいま”と言って、この会社に帰ってくる。月曜から金曜まで、毎日午後7時までは、会社が保育園を兼ねていて、社員の子どもたちだけではなく、地域の子どもたちを受け入れているのだった。土曜日は別に土曜学校というクラスがある。子どもたちは、社員の仕事の邪魔にならないように、上級生が小さな子どもたちの面倒を見ている。  

この学童保育の活動はNHKの番組でも取り上げられたのだそうで、ビデオを拝見させていただきました。実に感動的なエピソードもいくつも聞かせていただきました。どうしても横割りになりがちな教育の中で、大きな子どもが小さな子どもたちの面倒を見るという活動は本当にすばらしいです。

最後に、野老社長さんは、「土地管理業から地域管理業になりたいのよね」と強くおっしゃっていらっしゃいました。地域貢献こそが実際のお仕事につながる経営を本当にしっかりとされていることが、私も経営者のはしくれですので強く強くわかりました。地域の建設会社をやらせていただく中で、街にかがやいてもらうために企業として仕事を通してできることはたくさんあることをあらためて野老社長さんに教えていただいたように感じました。

野老社長さま、森田部長さま、本当にありがとうございました!

 


 

前回お知らせさせていただいたグランディール表参道の見学会は弊社が企画した歴代見学会の動員人数記録を更新しました。本当にお施主様のご厚意に感謝もうしあげます。ありがとうございます。ピンクのうさぎをはじめ、スタッフ一同はりきって企画させていただきました。

ご参加いただいたみなさま、成田表参道のみなさま、いろいろ至りませんでしたが、お楽しみいただけたでしょうか? これからもよろしくお願いいたします。

[ こんなことやってます ]

先週はすっかりお休みさせていただいてしまいました。すみませんでした。

花粉症の抗体反応というのでしょうか、ひどい風邪をひいたような状態になり、メルマガさえかけない週末でした。今週は、知人に鼻に塗る薬を紹介してもらったり、ビジネスマンにあるまじき行為だとは思いながらも、マスクをしたりして楽になりました。

さて、元気になったところ、今週はばりばりの見学会のお知らせをさせていただきます!

成田駅から成田の表参道に入ってまもなくのところで建設させていただいてきた「グランディール表参道」の竣工が近づきました。仮囲いもはずれ、ようやく姿を表すところまできました。お施主様の「参道に住まう人の数を増やすべきだ」という思いは、私たち、平山建設の思いでもあります。

これまで、職場と住まいをまったく分離してしまう、「職住分離」方向で建築は進んできました。大都市の近郊では多くのニュータウン開発が進み、職場は都市の一極集中で超高層のオフィスビルが立ち並ぶようになって来ました。多くの場所で、「駅前の商店で買い物をし、郊外の戸建で住む」というスタイルから、「駅前のマンションに住み、郊外のショッピングセンターで買い物をする」という形に逆転してしまいました。現代は、改めて「地域に住み続ける」という意思をもってあえて「職」と「住」が近接する住まい方が楽しいではないかと私は思っています。

この想いを形にすべく、1階部分は参道の風情にあった店舗とし、2階から5階までを単身世帯向きのマンションとしました。5階建てであっても、外観には上から下まで通しの格子をあしらい、建物の正面も参道になじみやすい白壁としました。

前回このメルマガでお伝えした川村先生からのメールもそうですが、成田の参道は「あれ、こんなお店もあったんだ」という発見に満ちていて、とても楽しいのです。この通りに住んでみたいと思っていただける方がいることがとてもうれしいです。おかげさまでこの立地のよさで竣工前に住戸は満室になりました。

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成田の参道という立地のよさにまけないように、永くお住まいいただき、オーナー様のご家族もご繁栄いただくために私たちにできるかぎりの工夫もこらしました。

たとえば、グランディール表参道には、福田首相自らが提唱してくださっている「200年住宅ビジョン」を先取りしたスケルトン・インフィルを全面的に採用しております。この結果、リフォームの不安を抱えることなく内装の入れ替えが出来るようになり、ひとつの居室の床下収納にコンテナボックスで15個分入る大きな床下収納も出来ました。


そういえば、千葉で建てさせていただいたルネスマンション、ヴェルデュール神代千葉もあれからまもなく満室になりました。高層になりすぎず、低層の利用ではもったいないという地域にスケルトン・インフィルの賃貸マンションはもってこいなのかもしれません。

来る3月22日(土)、23日(日)、24日(月)の3日間、お施主様のご協力をいただき、見学会を開催します。豪華景品もあたる抽選会も行います。ぜひ来て、見て、触ってみてください

[ こんなことやってます ]

私の古くからの友人であるおかげ屋の諸岡正浩さんが、サステナブル・コミュニティー研究所の川村健一先生の講演会を開いてくださいました。実に楽しい、発見に満ちた語らいでした。川村先生もすっかり成田を気に入ってくださったようです。

...と、パソコンの前で書き始めらら川村先生からメールがはいっていることに気づきました。びっくりです!成田を本当に好きになってくださったようで、メールの最後にこう書いてくださっていました。

「会う人毎に成田空港の隣の成田さん新勝寺商店街の宣伝をしています。

川村」

川村先生のように国内各地はもとより世界各国を飛び回ってくださっている方に、成田の応援団になっていただけるとは、本当にありがたいことです。

実は、一介の建築屋にすぎない私が考えることでもないのですが、最近公共工事ってなんのためにあるのか少々疑問に思っていました。本当に人のためになっているのか自信喪失の状態に陥っていたといってもいいかもしれません。

そんな中で、「そこに住む人々の力で地域はどんどん変えて行けるんだ、公共工事でもここまでできるんだ!」という具体例をいっぱい川村先生はお話してくださいました。

特に木野部海岸の話は感動しました。

私も知らなかったのですが、木野部海岸とは、青森県の大畑町にある北の海岸です。

この海岸を「里浜」として蘇らせる公共工事を実現した方々がいらっしゃるのだそうです。実に素敵です。

  • 木野部海岸  @ 国土交通省新たな海辺の文化創造のホームページ

公共工事というのは、当然ですが規格が厳しく、まっすぐなものはどこまでもまっすぐに、効率的でなければならなないものはどこまでも効率的というのがこれまでの常識でありました。無駄はあってはならないのです。

しかし、この木野部海岸のみなさんは、まっすぐな護岸工事を壊して、その残骸で、子どもたちが遊び、海草が取れる「里浜」として再生させたのだそうです。

この活動は、グッドデザインや、さまざまな賞にも輝いたのだそうです。少々長いのですが、引用させてください。

青森県の海岸部における、既存護岸の改修工事。緩傾斜護岸を破壊し、コンクリート塊を海岸部に配置し砂浜の形成を促すとともに、自然景観における岩石の状態と近似的な風景を作り出した。プロセスとしては、より自然的な景観とするために、一旦設置したコンクリート塊をあらためて重機によって再配置し、その後は自然の波による安定化が進んでいる。計画の実施においては、地元のNPO法人の熱意により実現の運びとなるとともに、海岸部のメンテナンスも実施されている。結果として出現した風景は、完全の自然景観と見紛うばかりのものとなっている。一般に公共事業分野では、一旦施工したものを機能的な理由ではなく景観的な理由から破壊、再施工するということは考えにくい。本事業においては、NPOの熱意によってこうした「非常識的な行為」ともいえることが、破壊、施工、再施工という経緯を実現化させた。

(強調は本メルマガです) 

GOOD DESIGN AWARD [ Results 2007 ]

ネット上にこの海岸の工事の写真がいっぱい載っています。見ていると「公共工事の枠組みの中でここまでできるんだ!」とびっくりしてしまいます。転載することはできませんので、リンクを載せておきます。

こうした動きは、木野部海岸に関わられた方々だけではないでようです。先ほどの国土交通省のホームページに「里浜づくり宣言」が載っていました。

里浜」とは、多様で豊かなかつての「海辺と人々のつながり」を現代の暮らしに適う形で蘇らせた浜のことです。また、「里浜づくり」とは、地域の人々が、海辺と自分たちの地域のかかわりがどうあるべきかを災害防止のあり方も含めて議論し、海辺を地域の共有空間(コモンズ)として意識しながら、長い時間をかけて、地域の人々と海辺との固有のつながりを培い、育て、つくりだしていく運動や様々な取り組みのことです。

里浜づくりとは?

非常に熱いものを感じています。以前、「日本で最も美しい村連合」の話(参照)をさせていただきました。「美しい村」はどちらかというと山間部の村の運動でした。この「新たな海辺の文化創造」運動はその「海辺の村」版といったところでしょうか?

成田も負けていられません。硬い言葉で言えば、そこに住む人々が本気で「合意形成」(参照)を行えば地域のあり方を変え、地域の発展を実現することは十分に可能なのです。

熱い言葉で言えば、「みんなで語りだそう!みんなでつくっていかなきゃ街の未来はない!」、ということではないでしょうか?

木野部海岸の活動には程遠いですが、私どもはある小学校の屋内運動場の工事をやらせていただいています。この工事がおかげさまで無事進み、小学校の校庭で校長先生はじめ関係のみなさまと、足場が外れて全容が見えて行く場に立会いました。建設関係者にとって足場が外れて行く時というのは実にどきどきし、またうれしい瞬間です。

小学生のみなさんの写真を載せるわけには行かないのですが、運動場では元気いっぱいの小学生のみなさんが遊んでいました。その姿を見て、私は胸が熱くなりました。未来はこの子どもたちのためにあるのだなと改めて実感しました。その子どもさんたち、未来からの旅人が育って行く場を作る仕事をさせていただいていることに深い誇りを感じました。 

「公共工事」にはまだまだやるべき使命があるのではないでしょうか?もちろん、自分たちで大大変革をしていかなければなりません。

 

[ こんな本を読みました ]

このメルマガがほとんど読んだ本の記録になりつつあるのが怖いのですが(笑)。少々、必要があって構造の勉強をしなおしている中で再読しました。あらためてよい本だなと実感しました。

 

建築構造のわかる本建築構造のわかる本
大成建設建築構造わかる会
彰国社 1993-06

by G-Tools

 

わかりやすい言葉で、建築の工程の進め方や構造の基本的な考え方から、新しい工法の開発や世界の構造デザインの施工例まで入っています。なんというか、行間に技術者のわくわく感がいっぱいつまっています。

建築構造の再勉強をして、改めて建築の一番の基本は骨組みである構造にあることがわかりました。構造設計次第で建築物は実にさまざまな表現、さまざまな機能を獲得することができます。その事実を本書は非常にわかりやすく伝えてくれています。近年、内装のデザインや、付加的な機能である設備などが建物を評価する基準として重要視されていて、それはそれで現代において大事だと思うのですが、技術としての建築の基本は構造にあるのだと実感します。それは、西岡常一さんでも変わりません。構造とは、建物自体の重量や、建物にかかる様々な力を、建物の中でどう伝えてあげるか、どう受け止めさせるかなのだということが読み進むほどに分かってきます。

建築の構造の違い、材料の特性などもわかりやすく書かれています。本当は表やグラフを転載させていただいたきたいくらいなのですが、基本的な強さについて具体的に掲載されていて、鉄骨や鉄筋コンクリートと比べても木材というのはうまくつかってやれば実にすぐれた材料であることもわかります。

「世界のマジックショー」と題した章では、シアーズタワーや、上海香港銀行、ドーム球場、新凱旋門などの世界の建築物の施工例を取り上げ、いかに力を使える構造体をデザインに生かしているか、マジックとして見えないような建物の構造のタネ明かしを写真で教えてくれています。

できれば、最低限この本で書かれているレベルのことは、日本全国の高校生に授業で教えるべきではないでしょうか?耐震偽装の事件にしろ、現在日本の建設・建築業界が抱えている問題の根底には、あまりにも建築、建設関係の人間と一般の方とで知識、考え方に差があることが原因であるように思えてなりません。建築に興味を持っている方、マンションを買おうとしている方は、遠回りなようでも本書のようなごく基本から勉強されるべきではないでしょうか?

実は、この本を読んで、自分が小学生の頃に「超高層のあけぼの」という本を読んで、建築に興味を持ったことを思い出しました。「超高層のあけぼの」は、それまで建物の高さが30mまでに制限されていた限界を、「霞ヶ関ビル」の建設を通して突破するというドキュメンタリーでした。これまでにない技術の限界に挑み、さまざまな工夫をつみかね、建物を完成させていく技術者たちの姿がかっこいいと思ったのを覚えています。父親に「超高層のあけぼの」で取り上げられた「霞ヶ関ビル」に連れて行ってもらったほどでした。子どもの頃のあこがれを改めて思い出し、ああ、本当に自分は構造への挑戦から建築の世界にあこがれたのだなと実感しました。

映画にもなったんですね。

本の方は、エレベーターコアの話とか、五重塔の柔構造の話とか、子どもにもわかりやすく工学的な叡智の発揮を解説してくださったいたように私の記憶には残っています。なつかしいですね。

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