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「知ることは共に生まれること」(ポール・クローデル)
connaitre = con + naitre
第二第三の朝青龍を出さないために
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横綱朝青龍の問題がなかなか決着がつかない。ことはもう朝青龍個人の問題ではなく、日本相撲協会のガバナンスの問題、国技や興行としての問題、伝統と国際化の問題、そして言葉や風俗や習慣・文化の問題など、彼個人の個性上の問題や一伝統スポーツの特異な性格の問題を遥かに超えて、広く国際的に注目を集めるようになっている。
今までは彼の出世があまりにも早く、伝統的な品格を身に付ける暇もなく横綱に上り詰めてしまったことの弊害や彼個人のエキセントリックな性格上の問題として語られることが多かったように思うが、今にして思えばその一つひとつが日本相撲協会の抱える問題であったということである。一方にタニマチの伝統による後援会組織や因習や古いしきたりが支配する相撲部屋組織があり、一方に外国出身の力士が横綱や大関の中心を占め、様々な国々の力士抜きには相撲を語れなくなったという現実がある。が、相撲協会の親方たちはまだ古い伝統的な感覚の中にあり、世界に開かれているというこの新しい現実にほとんど対応できていない。
問題の発端となった疲労骨折の診断が医師の誤診なのかそれとも仮病なのかは断定できないが、モンゴルで中田英寿と元気にサッカーに興じている映像が引き金となり、彼が鬱的な精神状況(「解離性障害」)になったのはまず間違いなかろう。問題はそれがどの程度のもので、どうするのがベターな方法かということである。医師は専門的な精神科医らしいが、本音の極めて内的な声を彼にとっては外国語である日本語でどこまで語ることが出来ているかである。そういう声は日本語では語れないということもある。その辺を了解せずに一般の日本人のような扱いに終始するならば、下手をすれば本当に彼を精神的な病に追い込んでしまう危険性がないわけではない。
言葉とは微妙なものである。田舎で育ち、田舎にその土地特有の方言が残っている人なら良く分かるだろうが、17才にもなって初めてであった日本語が彼の内省(内声)を語る言葉だとはどうしても思えない。彼が自分の本当の思いを言葉にするためには彼がそこで生まれ育ったモンゴル語がどうしても必要なのだ。そしてさらに付け加えれば、その空気と風景が。だから、もし彼を精神的に立ち直らせたいと真剣に考えるならば、一日も早くモンゴルへ帰らせるべきであろう。それがベストである。
ただし、今回の朝青龍の問題は日本相撲協会にとっては問題の端緒に過ぎない。世界には相撲に似た様々な格闘技がある。そういう人たちが力士になろうとしてやってくる。風俗も文化も習慣も違う人たちである。そういう人たちが横綱や大関や幕内の力士の多くを占める。そういう中で日本の国技としてどこまで伝統的な風習や考え方を守り通せるか。横綱は中卒であった時代と同じくいつも無口でいなければならないのか。相手を負かした時「よっしゃー」とガッツポーズをとってはいけないのか。日本の国技としての伝統を生かすと同時に、国際的に通用するルールやマナーを新たに作っていく必要があるのではないか。
ここの問題を解決しない限り、第二、第三の朝青龍問題は生まれてくるのではないか。
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NPO法人教育ネットワーク・ニコラ
事務局 〒336-0017 埼玉県さいたま南区南浦和3-5-8
TEL・FAX 048−813−6177
サイト http://www.os.rim.or.jp/~nicolas/
メール nicolas@os.rim.or.jp
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横綱朝青龍の問題がなかなか決着がつかない。ことはもう朝青龍個人の問題ではなく、日本相撲協会のガバナンスの問題、国技や興行としての問題、伝統と国際化の問題、そして言葉や風俗や習慣・文化の問題など、彼個人の個性上の問題や一伝統スポーツの特異な性格の問題を遥かに超えて、広く国際的に注目を集めるようになっている。
今までは彼の出世があまりにも早く、伝統的な品格を身に付ける暇もなく横綱に上り詰めてしまったことの弊害や彼個人のエキセントリックな性格上の問題として語られることが多かったように思うが、今にして思えばその一つひとつが日本相撲協会の抱える問題であったということである。一方にタニマチの伝統による後援会組織や因習や古いしきたりが支配する相撲部屋組織があり、一方に外国出身の力士が横綱や大関の中心を占め、様々な国々の力士抜きには相撲を語れなくなったという現実がある。が、相撲協会の親方たちはまだ古い伝統的な感覚の中にあり、世界に開かれているというこの新しい現実にほとんど対応できていない。
問題の発端となった疲労骨折の診断が医師の誤診なのかそれとも仮病なのかは断定できないが、モンゴルで中田英寿と元気にサッカーに興じている映像が引き金となり、彼が鬱的な精神状況(「解離性障害」)になったのはまず間違いなかろう。問題はそれがどの程度のもので、どうするのがベターな方法かということである。医師は専門的な精神科医らしいが、本音の極めて内的な声を彼にとっては外国語である日本語でどこまで語ることが出来ているかである。そういう声は日本語では語れないということもある。その辺を了解せずに一般の日本人のような扱いに終始するならば、下手をすれば本当に彼を精神的な病に追い込んでしまう危険性がないわけではない。
言葉とは微妙なものである。田舎で育ち、田舎にその土地特有の方言が残っている人なら良く分かるだろうが、17才にもなって初めてであった日本語が彼の内省(内声)を語る言葉だとはどうしても思えない。彼が自分の本当の思いを言葉にするためには彼がそこで生まれ育ったモンゴル語がどうしても必要なのだ。そしてさらに付け加えれば、その空気と風景が。だから、もし彼を精神的に立ち直らせたいと真剣に考えるならば、一日も早くモンゴルへ帰らせるべきであろう。それがベストである。
ただし、今回の朝青龍の問題は日本相撲協会にとっては問題の端緒に過ぎない。世界には相撲に似た様々な格闘技がある。そういう人たちが力士になろうとしてやってくる。風俗も文化も習慣も違う人たちである。そういう人たちが横綱や大関や幕内の力士の多くを占める。そういう中で日本の国技としてどこまで伝統的な風習や考え方を守り通せるか。横綱は中卒であった時代と同じくいつも無口でいなければならないのか。相手を負かした時「よっしゃー」とガッツポーズをとってはいけないのか。日本の国技としての伝統を生かすと同時に、国際的に通用するルールやマナーを新たに作っていく必要があるのではないか。
ここの問題を解決しない限り、第二、第三の朝青龍問題は生まれてくるのではないか。
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