□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「知ることは共に生まれること」(ポール・クローデル)
 connaitre = con + naitre

フリースクール・ぱいでぃあ の卒業式の祝辞から

【4】「天知る地知る」ということ


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

【4】「天知る地知る」ということ

「他人の振り見て我が振り直せ」というように、とかく日本人は行動の基準を他人の目に置きたがります。まずは他人にどう思われるかを考えてから行動します。子どもたちが学校生活の中で苦しい思いをするというのも、多分にそういうことが影響しているのではないか。今、そういう子どもたちが多い。「いい子の非行」という元家庭裁判所の調査官の書いた本がありますが、そこで典型的に取り上げられているのは、学校でもいい生徒、家庭でもいい子、友人間でもいい奴、隣近所でも礼儀正しいいい子を演じてきた子のことです。そういう子が、ある日、とうとう自己矛盾に耐え切れなくなって暴発してしまう、というのです。昔から如何にも不良らしい不良という古典的なタイプの不良の子はいますが、いま増加しているのはこの「いい子の非行」のタイプなのだといいます。結局は周りから良く見られるためにエネルギーを使い、自分育て、自分づくりがお留守になった子どものことです。

今、「子どものために」「子どもの教育のために」という名目の下に、子どもたちがとんでもなく苦しい状況に追い込まれているということがあります。早くからそれを意識できる子はいい。しかし、大した自覚もなく、ボディブローのように鈍いダメージを繰り返し受けてきた子は怖い。いつ自爆したり暴発したりするかも分からないのだから。

もし、自分を生かしたいのなら、これまでもその他大勢の生き方を取らなかったように、他人に自分を合わせて苦しむのではなく、自分なりの納得できる行動の基準を設け、それに従って生きるようにしてはどうでしょうか。ああだこうだと無責任に批判してくる人に対しては「だから、何なの?」と開き直ることもまた必要なことです。そこで、もう一度「天知る地知る」という昔のことわざを考えてみたい。日本には浄土宗や浄土真宗のような他力本願の生き方があると同時に、禅宗のような自力の意思による生き方もあり、日本人は時と場合によってその両者を巧みに使い分ける知恵を有していたのです。ぜひ君たちにも身に付けて貰いたい知恵だと思もいます。

ここは何が言いたいのかというと、普通は「あ、他人が見ていないから、安心だ」とか「人の目がないから多少は誤魔化しても分かりっこない」という風になりがちだけれど、「他人が見ていようといまいと、関係ない。自分がこうだと思ったこと、自分が正しいと思ったことをやるだけだ」という態度を身に付けるべきだということ。直接他人の目はなくとも、自分を見ている眼差しというものがある。何が正しく、何が間違っているか、それを見ている見えない眼差しというものがある。もっと言えば、他人の目は誤魔化せても、自分の目を誤魔化すことはできない。自分はもう一人の自分によって絶えず裁かれているのである。真犯人が警察や裁判の取調べで誤魔化すことはできても、本当のことを告白せずにはいられなくなるというのは、自分を裁く自分の目からは自由になり得ないからです。

だから、究極のところ、他人がどう評しようと、自分に疚しくない生き方をすればそれでいいということになります。人は結局のところ、自分が思うように、自分が望むように生きていけばそれでいいのです。だから、自分に恥じない生き方をするということがとても大事なことになります。

まとめようね。先に「CHANGE」と言ったように、世界はますます変化の時代に入ってます。その中で自分もまた変わることを求められます。そして、この「変わる」ということは他方では「過去の自分を壊していく」ということにもなります。新たな自分を創るためには過去の自分を壊さなければならない。過去の自分を壊さなければ新たに自分を創造することはできない。物事はこのようにして創造的に受け継がれていくのです。このことは、様々な「ノー」という否定の過程を辿りながらも、最終的には大いなる「イエス」に至るということにもなります。それは自分を受け入れ、自分を愛し、自分を信じて、自分の思いに従って行動していくということです。

基本的に、人は心に想わないことをやらないものです。逆に言えば、想いは人を導いていきます。だから、自分はどういうことを思うか、思わないか、ということがとても大事なことになります。思っている方向に自分の人生は動いていきます。だから、偽りのない自分の想いをしっかりと持ち、自分という人間に最終的に“YES”と言える歩みをすることがとて大事なことなのです。皆さんにはここを巣立った後も、是非自分にイエスと言える歩みをしていって欲しいと思います。

先ほども言いましたように、フリースクール・ぱいでぃあでやったことは義務教育段階での学びであったということも含めて、人づくりとしての土台の土台をやったに過ぎません。基本的なOS作りの基本をやったに過ぎません。だから、今後さらにOSの完成も含めて、その上でどんなアプリケーションソフトを動かしていくのか。それが今後の君たち一人ひとりの課題だろうと思います。その時に本当に自分のやっていることにイエスと言えるのかどうか、自分に問いかけてください。そして、是非イエスと言える道を歩いていって欲しいと思います。今日は本当に卒業おめでとうございました。

ブログランキング・にほんブログ村へ 人気blogランキングへ ブログ登録・検索 Blog Entry 人気ブログランキング【ブログの殿堂】 ブログランキング☆BITZ ブログランキング ドット ネット

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
NPO法人教育ネットワーク・ニコラ
 事務局 〒336-0017 埼玉県さいたま南区南浦和3-5-8
TEL・FAX 048−813−6177
サイト http://www.os.rim.or.jp/~nicolas/
メール nicolas@os.rim.or.jp