「知ることは共に生まれること」(ポール・クローデル)
connaitre = con + naitre
教育栄えて、学び滅ぶ?
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2008年4月22日(火)の読売新聞に、「日本の知力」第3部 大学で考える(1)というのがあり、“「自ら学ぶ」理想を追う”と中見出しがついている。
記事は“「学ぶ」「知る」の意味が揺らいでいる”で始まり、京都大学の新入生が参加するポケットゼミに触れ、“「自主と自由」を尊ぶ京大を象徴する授業”と紹介している。ここには「教授の口述をひたすら筆記、暗記させられた東大法学部とは対照的」な「自主・自学」を旨とする京大の学風があり、そこから戦後5人のノーベル賞受賞者を輩出したとことがを取り上げられている。福井謙一氏の師は「孔子は弟子に試験をしたとは聞かない」と言っていたとか。
が、大学を取り巻く環境は激変した。今や“自由すぎて目標を見失い、学生が「自由のすき間」に転落する危険”が常にあり、“「自ら学ぶ学生」像は非現実的”という考えもある中で、“自学の精神を持つ学生をどう育てていくか”が課題であるという。
「自学自修」が教育の目標だが、今は「教育栄えて、学び滅ぶ」という状態なのだ。
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これを読んで、「ああ、日本の教育は今、京大でさえこうなんだ…」と改めて思う。
「自由のすき間」に転落する学生を生んではいけないのだろうか。そのために、本来の自立的な教育のあり方を失ってしまっていいもだろうか。そんな感慨さえ覚える。
今、フリースクール・ぱいでぃあでは「自ら考え自ら学ぶ」教育を取り戻したいと思って、ささやかな試みを行っている。大部分が学校教育を離れた子どもたちであるからこそ、紙面にあった東大法学部型の勉強ではなく、「学ぶ主体からの学びの方法」を子どもたちと共に追求したいと思っている。
さて、日本はこれからも絶えず外部に模倣するモデルを求める発展途上国型の教育を続けていくつもりなのだろうか。
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