[ 昭和一桁 団塊の 先の先を往く! ]

 手術室内は勿論、室への出入りも厳重に消毒管理されていた。
何と呼ぶのだろう、手術帽? 外科医が手術の際被っている あの帽子。 患者も同様に被せられている。

 ゴム製の突っ掛けも、それを履く足も看護婦によって厳重に消毒される。 感染症を回避することが大切だからだ。 バクテリアや微生物は、生き物に付きまとう宿命のようなもの、と言えよう。

 にも拘わらず、患者である私の印象は、無生物であるロボットの不良部品交換のための工場、というイメージと重なる。
 尤も「白内障」の手術は、一種の不良部品交換 と言えるかも知れない。

 そんな訳で、私も片目の部品交換を完了したが、間もなくもう一方の眼についても同じ作業が施されることになっている。

 最初、手術を決めたときは、矢張り老化現象には勝てないのか? と内心ショックであると同時に、フリーランスで長年続けて来た、技術翻訳依頼の最近の減少さえ、他者からの高齢者という判定に由来するのか? と些か暗い気持ちに陥っていたことは否定できない。

 しかし今、私の考えは少し変わってきた。 視界がクリアになったことも影響していよう。 折角こうして新しい世界が開けて来たのだから、それを視界だけに留めておくことも無かろう。 むしろ、ここで生まれ変わった自分によって、新しい仕事にチャレンジし、その新しい世界を更に展開させてみよう。 と考えている。

 幸い、母親譲りの健康体を授かっているので、後20年位はやれるのではないか? と感じる。 20年続ければ、可なりのことが出来る。

 人間の健康管理、改良に努めている療術士である、我が畏友Mによれば、ヒトの自然寿命は120歳とのことだ。 してみれば、20年経ってもその寿命には大分間がある。

 物事― そう、うまく行くかどうか?分からないし、天のみ識るところであろうが、結局、誰にも分かりはしないのだから、やってみる余地はある。 また、平均的人間に出来ることが 自分に出来ないことも無かろう、という自負心も今のところ衰えては居ない。

 今後の展開は 高みからご見物の程を!