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2007年11月21日(水)
AM2:07〜AM2:36

1. 助けてくれと欲している時には助け人は来ない。

2. 拝む場所はお世話になって人やその場所であり、神社や寺はその代理店にしか過ぎない。すなわち、この場所が現代でいうパワースポットの原点となる。
自宅を活力を見出すパワースポットにすることが大切であり、「家庭」とは「家」の「庭」
と書くことからも想像がつくはずである。

3. 財産とは、物や金ではなく「人」である。
「財」が「産まれる」と書くことから、物やお金から自然と生まれるものではない。
すなわち、人からの縁によるものである。逆に「散財」も同じである。
人の縁によるものである。
いい人の縁は、今現在の生き方によるものである。
そこを改めて進むことが肝要である。

4. 毎日が記念日であり誕生日である。
なぜなら、「全ての物事が生まれる日であり新鮮な一日となる」からである。


本日は、少し古風な言い回しをする方がお越しになられました(もちろん幽霊さんですが)

このお伝え頂いた方の名前は「十兵衛」と名乗るもので、室町時代後期を生きておられた方です。
仕事は法律関係を扱う仕事(弁護士みたいな・・)をされておったようです。

たまに古い幽霊さんが来ていろいろ教えてくれます。

学びには時間の概念はないわけです。
現世においてもこのことは立証できます。
アメリカにおいて80歳位のおばあちゃんが孫と共に一緒に大学を卒業された話は記憶に新しいかたとおもいます。

さて、このパワースポットにおいて話を深めて行きたいとおもいます。

今はスピリチズムブームであり、パワースポットと巷で言われるようになってきました。

このお陰で、社寺仏閣に行く人が増え、心の平安を求める方も増えてきたとおもいます。

非常に素晴らしいことです。この結果、犯罪などがなくなることが祈るばかりです。

一方、このパワースポットに偏る方も多くありません。

あそこにいかなくては・・・あそこに行きなさいといわれた・・等など

確かに行くことで、心も体も休まり活力を得ることができます。

しかし、自宅に着くと、掃除もままならない部屋でまたいつもの生活になる方が多い

のです。

「灯台もと暗し」という言葉がございますが、まさにその通りです。

大切なのは、部屋の掃除、家の掃除をしっかりしてから出かけることが大切なのです。

一番、多くの時間を費やす場所は今、住んでいる部屋であり家です。

この場所をパワースポットにすればいいわけですね。

まず、掃除です。

そして掃除。

さらに掃除。


神社やお寺は綺麗なはずです。

掃除も行き届いております。

「掃除」からスタートなのです。

いくら運気があがるものを購入しても、いくら有名な霊能力者さんにいっても

いくら有名な占い師さん風水師さんにいっても

「掃除」をしないと変わりません。


般若心経や真言には「〜そわか」という文言がございます。

「そ」は掃除  = 風水 器
「わ」は笑い  = 笑う角には福来る
「か」は感謝  = 感動することは心の栄養

  
です

まず掃除をして、福がくる器を用意します。
そうして、笑うことで起爆剤となり、福がよってきます。
この福を手にいれるためには喜びも悲しみも全て受けることなのです。
結果、幸せになるわけです。

僕も掃除をし続けております。

鑑定のところも、何回も何回も模様替えをしております。

まだまだ未完成ですし掃除も足りませんが、少しずつ進めていこうとおもっております。


風邪がはやっておりますので、体を暖かくしてくださいませ・・・

本日、念願のパスポートを手にいれました!!

とりあえず、商売のネタを探しにアメリカのハリウッドに行ってこようとおもいます。

世界に通用する霊視鑑定を目指して頑張っていこうとおもいます。
2007年11月8日

PM10:47〜PM11:12

今日は朝から不動産の契約と、引越しとかでバタバタしてました。

今週の末は「すぴこん」というイベントになります。

毎回なのですが、イベントの前は大掃除が多いです。

掃除が終わると会社の会議をして今に至ります。

この頃、社会の空気が重たいですので、風邪とかに気をつけましょう。

ウガイを忘れずに・・

1.顕在界と幽界に渡る価値観の創造

2.「お帰り」をいえる心を

3.諭すこと
少し難しい言葉が降りてきました。

顕在界とは、今現在に生きているこの場をさし、幽界はあの世を指します。

この世とあの世とは違う認識があるようですが、あまり変わりがないようです。

多少の目線や認識の違いがあるかもしれませんが、本質は変わりません。

この世で悪いことをして死んだとしても、許されるものではなく、あの世でも償い、また生まれ変わってからも償うこととなります。

つまり、まいた種は刈り取らなくてはいけないのです。

このことはこの世だけではなく、来世やあの世にも影響するということです


そのような長い目でみて日々の行動をしていくことが重要となります。

さて、このことを僕の体験からお話いたしますと、空手の師範から頂いたお言葉に気付くことがあります。

白帯の頃、師範から、黒帯がゴールではない、黒帯から本当の意味でスタートするのです。

だから「段」というのです。

とお話してくれました。

この世を去ることがゴールや終わりではなく、新しい始まりを意味し、あの世からこの世に転生をするときも始まりなのです。

人間関係において、どうして僕のいうことを分かってくれないのか?などと話をされたことが誰にでもあるとおもいます。

思い通りにいかない・・・

実は、思い通りにしようとする心癖に問題があります。

相手に気付いて頂けるようなアクセスを考えなくてはならないのです。

なぜ伝わらない・・とおもう心に問題があります。

自分自身考えても、心が痛いですね・・・僕もしているときがありますから・・

気をつけなければならないことです。

「お帰り」は「お変えり」とちょうどブログを書いている最中に降りてきてきました。

実話でございますが、

ある王族の話です。

ある王族に息子ができました。

その息子は成長すると、遊びまくり、街ででかけ、10年以上帰らなかったそうです。

この息子は街では、身分とお金にものを言わせ、贅沢三昧をしていました。

それから、お金が底をつくと人々が離れていき、独り惨めな生活になります。

途方にくれ、10年ぶりに、故郷にもどります。

この故郷へ向って歩いていると、ばったり、父親と会います。

故郷からは歩いて数時間かかる距離です。

涙を流し再会をいたします。

実は、これは偶然ではなく、父親は息子が家出をしてからずっと十年間、故郷から数時間んぼ距離を歩き、毎日通っていたのです。

「おかえり」をいうために・・・

何度もいいますが実話です。

人はよくも悪くも変わります。

だから「お帰り」が「お変えり」になるのでしょう。

許す心といってもいいかも知れません。

夫婦間において、浮気や不倫などの話があります。

大切なのは、相手を攻めて、行き場をなくし、追い詰めることではなく、「許す」ことなのです。

この「許す」ことを学ぶためにその状況があるのです。

ちなみに、どん底に落ちた人は、何を学ぶかといいますと「這い上がること」を学ぶわけです。


今度、神戸でのイベントにおいては、

自分のブースにて、講演をおこなおうとおもいます。

毎回、多くの方が来て頂けるのですが、開場とともに2時間で予約が埋まってしまいます。

せっかく楽しみに来ていただけるかたがいるのに、お話することができませんので

無料セミナーを開催して、少しでもお話できればとおもいます。
2007年7月24日

キュアとケアのこと

キュアとは「肉体の治療」のことをさします
ケア とは「心の治療」のことをさします


この二つを理解することからはじめましょう。
若くてお亡くなりになる方がいらっしゃることがあります。
このときには非常に親族な方が自責の念にとらわれることがあります。
しかし、自分の両親がなくなるとすると、まあ・・ここまで生きたんだし・・感じあまりショックではないこともあるようです。
ここで、同じ「死」についてなのですが、なぜ、このように、衝撃の違いがあるのでしょうか?
僕は、自分の年齢を基準に年上と年下(両親が年上で子供が年下)の場合、年下の死は受容できない状態が多いとおもいます。
僕にも子供がいますが、もちろん今、死んだらショックです。
これは当たり前です。
「死」というのは人間にとって死亡率は100%ですので、その死の訪れが早いか遅いかの違いだけだけでございます。
例を出すのであれば8000mから飛行機が墜落しても傷ひとつなく助かる人や、道を歩いていて看板が頭にあたり、亡くなるがいます。
この死については超自然現象ですので、人智が及ばない場所だとおもいます。
余命がいくばくもない時は「死」についてしっかり学ぶことが大切です。これを「ケア」といいます。
死んだらどうなるのか?をある程度、予測し準備することで残された時間を大切にできる。
これが、逆に余命を伸ばす原動力となることが多いようです。
18の博士号をもつ精神科医である故エリザベスキューブラロスは
ある小児癌の子供をケアした時に
いろいろな話をして、ケアされます。
その子は霊的にいうと旅たたとうとしているのに、なかなか苦しむだけでいけないでいました。
本人は自分は死ぬことを理解しているのだけど、死ねなくて困っている。
なぜなら、神父さんに、「神様を一番愛さなければ天国にいけない」といわれていたからです。
子供は「ご両親を一番愛していたので、自分は天国にいけない」と理解していたわけです。
エリザベス医師はその部分を諭したところ、満面の笑みを浮かべたそうです。
そして次の日に安らかに旅たたれたようです。
確かに、この顕在界に執着するのであるなら、多少は延命できるかもしれません。
しかし、それが幸せかどうかはまた違う話です。
本来の幸せとは、この世とあの世と同じ価値観をもち、永遠に魂が続くことを理解して、生きていくことだとおもいます。

僕はたびたび、メッセージを頂き自分で考えていきます。
僕の考えがこのブログを見ていただいている方たちが少しでもあわないので感じたのであれば、どうぞ拒否してください。
鑑定をしていただいた先生だから・・とか考えないで欲しいのです。

考えとか、真理とかいうものは押し付けるものではありません。
自らの心の中から湧き出るものだからです。

僕のしている霊視というものは特別なものではありません。
自分もしてみたいとか、自分をもっと理解したいというのであれば、霊能力を身につけたいとかおもうのであれば
1. 怒らないこと
2. 言葉に注意すること
3. 自分に苦手なことをして魂を磨くこと
4. 徳を積む生き方をすること


すれば誰にでもできるわけです。

ちなみに僕は、まだまだですね・・・

2007年7月20日
PM11:49〜


清水寺の滝修行の最中に降りてきたメッセージです。
1.感情を抑えず開放し解放すること  例えば恋愛で考えてみましょう。
  本日、お客様からメールを頂いた中の文章で
「コントロールできる恋愛は本気ではないかも・・」という文面がありました。
このコントロールということは顕在意識でもたらされるものです。
この顕在意識がないと、大変なことになってしまいます。
壁を感情が高ぶり殴り続けている時にはこれ以上すると骨折してしまうという恐れが
でてきて手加減を無意識にするわけです。
しかし、この顕在意識が薄い場合は、骨が折れてもそのまま壁を殴り続ける現象が続
いてしまいます。
この状態は潜在意識のアクセスが強くなっている状態で、本当の気持ちであり、純粋な気持ちであるといえるかもしれません。肉体には非常に負担がかかるのですが・・
先ほどの恋愛の話にもどりますが、本気の恋愛とは、壁や心のセキュリティがない状態でありますので、二人の心が合わさっているときは強い力を発揮するのですが、疑心暗鬼の心が生まれてしまうと、お互い傷つけあうところまでいってしまう・・
この時に顕在意識で、つまり知恵をもって乗り越えなくてはいけないのですが、
中には相手を死に至らしめてしまうこともあるわけです。
よく、駆け落ちとかいいますが、これは本気の恋愛であり、愛の姿ではないのでしょうか・・・
つまり、恋愛でいうなら、
本来の恋愛は
「潜在意識ではじまり、顕在意識の力で、おもいやりを持ち続けていくことといえるのではないのでしょうか・・」

本題に戻りますと、「感情を抑えずに・・」とありますが、誤解しないで欲しいのですが、相手や自分を傷つけることではなく、悲しいときはおもいきっり泣き、嬉しい時はおもいきっきり喜ぶことです。
感情とは喜びも悲しみも楽しさも寂しさも全て、根っこでつながっているものです。
楽しさを受け取りたいのであれば、悲しさを受け止めなくていけません。
これは表裏一体ともいってもいいかもしれません。
全ての感情を出し切った後はすっきりするものです。
人間の体、つまり肉体を考えてみてください。
トゲがささると、体は異物の認識して体外に出そうと無意識に働きかけてくれるわけで、また、痛んでいるものを食べると嘔吐や下痢のように同じく体外に排出するわけです。
となると
心も同じです。
体内に不必要なものがあるとどうなるかというと、病気になりますよね・・
心も外に出たい感情を持ち続けているとどうなるかといいますと、同じく心の病気になります。「鬱やストレス」ですね・・・
しかし、人にあたってはいけません。
人に当たりたいときもございます。
誰にだってそのようなことは経験があるわけです。
しかし、当たるということは、攻撃になりますので、
結果自分に戻ってくることになりますので気をつけなければいけません。

「おい お前」といいいながら相手に「指をさす」
この指をさすこういをみてください。
今、人差し指を自分の前方にむけてみてください。
人差し指は相手に向かい親指は天井をさします、
そして中指・薬指・小指は曲がって自分に向いているのが分かります。
数学の時間に「ベクトル」ということを学んだとおもいます。
この「ベクトル」は「力の方向」をさすことをいいます。
人差し指は「相手をのろい」
親指は「今の境遇である天をのろいます」
そしてこの相手と天をのろった力は
「中指・薬指・小指」の三本つまり、三倍になって
かえってくるわけです。

この逆は神社で手をあわせる行為です。
全て天をむいているのが分かります。
本来の愛は「GIVE & GIVE」でございますので全て天にむかうだけなのです。

少し話しが飛びましたが、
感情は抑えずに出すこと。
これが健康の秘訣でありといえるのでしょう。
占いでもそうですよね。
友人に話できないことを占い師さんに相談する。
それで、ある程度、心が開放して、
いいアドバイスをもらい、今度は解放されて光にすすんでいく・・

どんな形でもいいです。
自分に壁を作らないで、もっと気楽にいきていくことです。

病気で苦しんでいる方も僕のところにこられます。
共通していえるのは、自分の壁を壊そうとしない。
また、常に文句や愚痴をおっしゃる。
ということは、
その部分に注意して生活するのであれば、100%治るわけです。
病気とかは、複雑に見えて非常に単純なものだとおもいます。
難しい医療は医療でありません。
簡単にできて、自分でするのが本来の医療なのでしょう。

2.お金の流れを最期までみなさい。このメッセージは
人にお金を渡すとき、
また、お店で支払うときに
最期にどういうふうになるのかと予想することです。

川に、産業廃棄物を流したとします。
廃棄料金がもったいないからといって川に流し、
その川にすむ魚に廃棄物に含まれる水銀がたまり、
人間がそれを食べ、病気になる(水俣病etc)
つまり公害病というものです。
公害病の原因は最期まで川に流した廃棄物の行方を考えなかったことから発祥したのものです。

夜の世界を例に出しましょう。
会社に勤めている方が家族のためにお金を使うのでなく、
欲望を満たすために風俗で遊ぶ。
そして風俗にお勤めになられる方が、
お客様から得たお金をホストクラブでの飲み代につかい、
ホストさんは自分の欲望を満たすためにそれを無駄使いしていく・・
最初に家族の為に働いているのに、方向が違うと、お金は形がかわってしまうのです。
欲望を満たす使い方は欲望を生み続け、最期はお金の不健康状態になります。しかし、愛の為に使うお金は愛を生み続けます。
むかし、東京の拝島中学校にときに「高林先生」という女性の先生がいました。
体育の先生でこうるさく、生徒からは嫌われていました。
しかし、この先生はアフリカのある貧しい国に対して、
ボランティア活動をされており、水道が一つあると、どれだけ命が助かるか、
水牛が一頭いるとどれだけ、畑が耕せるかを熱心に訴え続けていました。
僕は、そんなのこと知るか!という気持ちでしたが、
今になるとこの先生のしてきたことがよくわかります。
先ほど、例題として風俗様・ホスト様のお話をしましたが、
職業を否定しているわけではございませんので誤解をなさらないようにしてくださいませ。
なかには素晴らしい考えをもってお勤めになられている方もいらっしゃいますので・・・

僕がいいたいのは、
「お金を使う際に、このお金は最期にどのような結末をむかえるのかを考えよ」
ということです。
これを癖つけてくと「予知」ができるわけです。
「この人にお金を渡すとえらい目になるのでは・・」というようにですね。

今日は久しぶりにゆっくりさせてもらいました、
これから読書でもして有意義な時間としていこうとおもいます。

長いブログを読んでいただきまして誠にありがとうございました!
2007年7月16日
PM11:25〜AM0:00

改めて感謝の一日です。

今、雷鳴がとどろき、パワフルな夜ですね・・・
さて、先日のバーベキュー&カクテルパーティーを催して今日一日はずっと掃除掃除しておりました。
掃除というのは不思議なもので、するまでは時間がかかるのですが、いざスタートを切ると、どんどん掃除をしたくなるわけです。
ベランダや、バーベキュー用品をクリーニングしたり、そのままの勢いで、部屋の模様替えをしました。
いつでもカクテルをつくれ、また、いつでも鑑定ができ、いつでもパソコンの仕事ができるように・・
今度は押入れの整理と、棚の整理をしていきたいとおもいます。

メッセージですが、
「うまくいかない時こそ掃除をせよ」ということです。
なんだ、当たり前じゃない・・といわれそうですが、そのとおりです。
当たり前なのです。
しかし、この当たり前のことが意外に難しく感じるようです。
朝、起きたら「おはよう」といいましょう。
寝る前には「おやすみ」といいましょう。
食べる前には「頂きます」といいましょう。
といういうように・・・
幼稚園や保育園をはじめ、この世に生をうけて初めて学ぶことだとおもいます。
このことは死ぬ日まで、この教えは続くわけです。
その途中、人生の辛苦苦難により、この感謝の気持ちや挨拶を忘れてしまい、一見みたら不幸な出来事が起きて、再確認させられることになるわけです。
この真理の教えをしっかり心にとめておき、ピュアな気持ちでいることが大切です。
PURE(ピュア)といいますが、別名は(プア)といいます。つまり、貧しいという英語ですよね・・・
この貧しい生活をすると、感謝の心が芽生えやすいのです。
僕は22歳で東京から大阪にきてレストランバーを自分で内装をつくり経営してきました。
最初からうまくいきませんでしたので、お金もなく、食べるものはありませんでした。
その時に、一週間に一回だけ「なか卵」の朝定食を食べるのが一番のご馳走でした。
この時に、納豆のうまみや、卵のおいしさ。ご飯の味わい、味噌汁の温かさを感じたわけです。
今まで生きてきた中でもっとも美味しく感じた食べ物だったとおもいます。

僕はフランス料理もできるのですが、お客様に対して最高のサービスと最高に美味しいものを提供しようと努力してきました。
しかし、おふくろの味といわれる、家庭料理には一生かかってもかなわないとおもいました。
僕も、ばあちゃんがつくってくれる塩にぎりは最高だとおもいますからね・・

話をもとに戻しまして、「貧しい心というのは感謝の心」といえるかも知れません。
しかし、屈折してしまうと、人のものを奪いとってまで・・ということになる場合もございます。
これも、この状態になったときには今までに生き方が繁栄されるのでしょう。
一度、何もかも失う経験をすると今あるものにすごく感謝できやすいわけです。

今では、鑑定の場所は結構おしゃれなマンションでさせて頂き、バイクでお参りもでき、たくさんの方から「気づき」を頂いております。

先日も、実家で作られた「ジャガイモ」を頂いたところでございます。
食べるものには多少なりとも苦労はしなくなったのですが、昔の食べれなかった思い出をしっかり基礎において、大切に大切に食材をつかっていくことをしています。

最初に申し上げた掃除のことですが、
物が多いから「掃除」や「整理整頓」をしなくてはいけないのです。
また、掃除をすることで改めて感謝の気持ちを再確認せよということです。
ちなみに、うまくいかない・・とか悩まれる方が多いですが、掃除をすることで意外と簡単に解決できることもあります。
「頭の中身は心の中身と同じなのです」

掃除できない方は、できない理由をあれこれいいます。
実はただしないだけなのです。
映画を見るのに、チケットを買わなくては見ることが出来ません。
家で映画を見たい映画をみたい・・といい続けてもダメなのです。
大切なのは、靴に履き替えて、外にでて、映画館に向かうことなのです。
そうすると、チケットを購入して念願かかって映画をみることができるわけです。
この「映画」を「夢」に置き換えてみてもいいでしょう。
「夢」とは、心におもった瞬間からはじまっているわけです。
バーテンダーになりたい。占い師になりたい。
などいろいろありますが、目の前に1億円あっても、なれません。
なぜなら技術がないからです。
そうすると第一に技術を学び、それから経営を考えていくなら、夢はかなうわけです。
ちなみに、お金がなくても、自然とできたり、協力者がでてきます。
大切なのは方向性に向かうことだけなのです。
「お金がないからでけへん・・」といっている状態は「映画をみにいきたいけど見れない」といっている心理状態となんら変わりがございません。

そして、漠然とこのごろ、調子が悪いとおもわれる方や、うまくいかないとおもわれている方は部屋のお掃除からすると光が見えてくるとおもいますので、試されてみてはどうでしょうか・・・
占い師さんとこに鑑定にいくという心理は光や希望をみつけにこられるからだとおもいます。
そのまえに掃除をしたり、できることをしてみてはいかがでしょうか・・・・
お金もかかりませんしね・・・

また、霊能力者や占い視や超能力者は郵便配達人でしかございません。
別に偉いわけでもないのです。
偉いのは、ご質問に来ていただけるお客様のほうではないでしょうか・・
光へ向かおうとしているわけですからね・・


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