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我々の車は大きな通りの高いビルの前で止まる。ここが我々のホテルとのこと、正明大酒店と看板が目に付く。車を降り回転扉を中に入る。中にはチャイナドレスの若い女性が3人いて、お辞儀をして我々を迎え入れてくれる。Aさんによると、ここの従業員は応対が良いとのことである。AさんとBさんは、受付カウンターで手続きを済ませ、我々の部屋がある20階までエレベーターで行く。Aさんは扉のキーはカード方式になっていますと言って、小生にキーを渡し紛失しないように注意される。そして、小生の部屋のところまで一緒に行き、カードを使って扉の開け方、照明のつけ方など説明して、20分ぐらいしたらお見合いを始めますので、お茶でも飲んで一服してくださいと言って、2人は部屋を出て行った。部屋にはベッド、テレビ、机2つ、椅子3つ、小型冷蔵庫、もちろんトイレ、バス付で、部屋は10畳ぐらいはあるだろうか、広くゆったりしていて、しかも20階にあるので遠くまで見渡すことができて、なかなか良い感じである。ポットでお湯を沸かし、お茶を飲む。日本茶もあるが、もちろん中国茶を飲む。なかなかおいしい。  いよいよ待ちに待った、私のお気に入りの女性とのお見合いである。大丈夫だろうか、昨夜は久しぶりの新潟のホテル泊で、よく眠れず寝不足である。顔色がいささか良くない感じがする。うまく行くだろうか、心配である。そして、20分が過ぎた頃、扉をノックしてAさんBさんそして女性が入ってくる。いよいよ始まりである。小生にその女性が紹介される。そして、彼女を見た瞬間、えぇと思った。彼女は小生お気に入りの女性であるはずであるが、全然違うのである。小生の頭にある彼女は、身長160cmぐらいで体重50kgぐらい、中肉中背で色白とても良い感じであったが、今、紹介された女性は背が小さく、やや細く、色はやや黒く、何か手違いがあって別の女性になってしまったのではないかと思った。これまでの緊張が急にさめて行く感じがした。 しかし、お見合いは始まってしまっているので、Aさんの指示で、彼女は窓際の椅子に座ってもらい、その右側に小生、手前の椅子にBさんそしてAさんは自分の部屋から持ってきた椅子に座って、いよいよお見合いの面接開始である。彼女については、一応これまでにそのプロフィールとして、分かっているのであるが、離婚して何年になりますかとか、現在どこに住んでいるのですかとか、仕事は何をしているのですかとか、子供さんは何歳になるのですかとか、子供さんに会うことはありますかとか、日本語はいくらかできますかなどなど、お互いに聞きたいことをBさんに通訳してもらって聞くのである。彼女は離婚後アパートに住み、会社で縫製の仕事をしていて、子供は9歳の子供がいるが相手方にいて、たまに会う。日本語はほとんど出来ないとのことである。30分ぐらいで彼女とのお見合いは終わり、彼女には帰って頂く。そして、Aさんから彼女について印象を聞かれた。これまで彼女に持っていた印象とは相当異なることを伝え、彼女は本当に写真の女性であるのですかと聞くが間違いないとの返事であった。小生としては、いまひとつ納得でないものがあった。そして、Aさんから5分したら、次の女性とのお見合いになります、と言ってAさんとBさんは部屋を出て行った。最初の女性と今度の女性は、我々がこのホテルに入ってきた時すでに1階のフロアにいたと、Aさんから知らされる。そういえば、我々がホテルに入ってきた時、1階のフロアに5,6名いて2名ほど女性が椅子に座っていたのを思い出した。その女性達であったようだ。5分ほどして、2人は次の女性と一緒に入ってこられ、小生にその女性を紹介された。彼女は業者のインターネットの写真では、逆光になっていて顔ははっきりしないけれど、悪くない感じで、スタイルも悪くなかった。年齢は36歳と記されていたが、逆光のせいか45〜50歳にふけて見えた。しかし、今紹介され、真近かで見て、今度もまたえぇと思った。彼女は背が高く、すらっとしていて、黒のワンピースが良く似合って、なかなかきれいな女性である。写真の女性とは別人のようである。26歳と言ってもおかしくない感じである。おもわず、あなたはきれいですねと言ってしまった。少しほめすぎかな。最初の女性がかなり期待はずれであったので、その分良く見えたのかもしれない。彼女は離婚した後、実家に帰って、家業の農業を手伝っており、兄が跡を継いでいるけれど、肩身の狭い思いはしていないとのことである。夏には他の農家の田植えなどで、アルバイトをしてお金を稼ぐそうである。子供は15歳の子供がいるがたまに会っているとのこと。30分ほどでお見合いは終わり、彼女には帰っていただいた。Aさんから彼女について聞かれたので写真よりかなり綺麗ですね、と言った。そして、20分ぐらいしたら次のお見合いですからと言ってAさんとBさんは部屋を出て行った。しばらくして、AさんとBさんが部屋に入ってきて、先ほどお見合いした2人の女性からお返事がありました。残念ながら、お二人ともお断りのお返事ですと伝えられた。小生としては、最初の女性については何らかの手違いで別の女性になってしまったという感があり、また、2番目の女性については少し残念であったが、最初の女性についてはまだ可能性があると勝手に思っていたので2人から断られてもあまりショックはなかった。つづきは次回に。

このブログは3年前の経験を文章にしており、従って記憶があいまいな所や記憶が消えている所もあるので、その部分は創作の文章になっています。しかし、全体の流れとしてはその雰囲気を表していると思われる。
さて、新潟空港を飛び立った飛行機は、日本海上空を北に進むことおよそ1時間、ウラジオストックの近くまで来ているのかもしれない。やがて左に旋回して、中国大陸上空を飛行、直ぐに山々がつらなり、高い山の頂には雪が積もっている。40分ぐらい飛行しただろうか、やがて視界から山が消え、平野の上空に出たようだ。川らしきものが1条大きく蛇行しているのが見える。まもなくして、それが幾条も見えるようになり、それぞれが蛇行している。30分く゛らい飛行しただろうか、やがて、ハルピン空港到着の放送が流れる。飛行機は左に旋回してどんどん高度を下げる。まもなく、平野の中の飛行場といった感のあるハルピン空港に到着する。やっと、待ちに待ったハルピンである。ここはもう日本語が通じない中国、迷子になったら大変だ。Aさんにくっついて進む。空港内は証明がやや暗い感じがする。また、兵隊の服装をした人があちこちに立っており緊張するが、その人達は空港の警備員と聞いて安心する。入国審査、手荷物受け取り、税関と進み無事通過。ターンテーブルでキャリーバッグを受け取る時は、似たものがいくつもあり、また、横になっていたり、ひっくり返っていたりと見つけにくいので目印を着けることが必要であると感じる。はぐれないようにAさんにくっ付いて出口のほうに進む。 業者の女性スタッフで、ハルピンから日本人と結婚して日本に住んでいて、日本語もぺらぺらのBさんと運転手の人が待っておられて、Aさんに紹介されて挨拶する。Bさんは準備のため2日前に来ていたようである。すぐに、運転手さんが我々の荷物を手際よく車に積み込み、ハルピンの町に向け出発する。 空港を出るとすぐ高速道路うにつながっており、どんどんスピードを上げ120kmまで上げ弾丸のように走っている。小生はもうすぐお見合いの身であるから、交通事故だけは起こさないように運転手さんたのむよ!! という心境である。高速道路の両側はとうもろこしの収穫が終わり、緑の草や作物は見当たらず、そのままの畑が遠くまで広がっている。来年の4月まではこの状態が続くとのことである。30分近く走っただろうか、次第に建物が両側に見られるようになる。ハルピンの町に来たようだ。郊外には、近代的な会社の建物が2〜3見られるが町に入ると昔ながらの古い建物が目に付く。町の中を進むにつれ人も車も多くなり、大都市の雰囲気を感じる。建物も高いビルが沢山目に付く。15階建てぐらいの新しくてカラフルで綺麗なマンションも6,7棟目に付く。また、建築中のものもあり、建築ラッシュとまではいかないけれど、なかなか活気がある。我々の車は大きな通りの高いビルの前で止まる。つづきは次回に。                                             

 

ハルピンの彼女への第1回のメールには、小生の離婚やその後のサラリーマン生活など記述。そして、第2回、第3回のメールには、その後の退職、年金生活そして日々の生活等について記述しました。そのことをもう少し記述しますと、小生は62歳で退職したのですが、インターネットを是非覚えたいと思っていたので、池袋のパソコン教室でインターネットを受講。受講料12000円也。ところがなんだか難しくて1週間でお手上げ、受講を止めてしまった。もっと分かりやすい本はないかと書店を覗いてみたところ、誰でも分かるとか、やさしいとか、1週間でOKとかなどカラフルで綺麗な本が沢山あり、小生でも分かりそうな感じです。早速、3冊を購入。元気百倍です。虎の巻を手に入れたような感じです。直ぐに勉強開始。ホームページを見るところまでは大体OK。それ以上進むとまた挫折しそうな感じのため、ここで、早速、パソコンを購入。本に基ずいて操作する。やった !!  画像が出てきました。万歳です。待ちに待ったおもちゃを手にした子供のようです。毎日ホームページを見て回ります。そんな中、ロングステイなるものを発見す。これは、中高年を対象にした外国での民宿みたいなもので、世界各地にあるとのこと。小生、早速、フィリピンのマニラ近郊で、横浜の方で夫婦で営っておられるところに申し込み、体験ツアー1週間にトライ。初対面の人達と近くの海で泳いだり、魚釣りしたり、マージャンをしたりして過ごしました。1年に1回は是非行きたいものです。小生、今は年金生活をしていますので、毎日が日曜日ですから、朝は7時から夜は12時までテレビを見るかインターネットをするかです。テレビは主にサッカー、K-1、音楽番組といっても演歌か流行歌ですが。サッカーは、丁度今FIFAのアジアカップをやっていますので良く見ます。熱が入ります。ジーコ監督のもと、毎回胃が痛くなるような試合が続きます。これまで、2回ほど絶体絶命の試合もありましたが勝ち進んでいます。優勝の線も少し見えてきました。以上のようなことを、ハルピンの彼女に書き送る。3日後に彼女からメールが届く。そこには、小生が自由に生活をエンジョイしていることがうらやましい、そして、ハルピンではそのような生活は想像もつかない旨のことが書かれています。そして、早く小生に会いたい、そして、もし、結婚するようなことになったら中国料理をいっぱい作って食べさせてあげたいと書かれていた。小生は、彼女のメールを見て、益々彼女が心やさしい女性で、かつ綺麗な女性に思われ、小生の頭の中は彼女でいっぱいになるのでありました。タイミングよく業者のほうからお見合いを何時にするか電話が来る。小生は、直ぐにでもお見合いをしたいところであるが、業者から軽く見られてもまずいので3週間後の11月10日くらいではどうかと伝える。その日のうちに返事があり、11月10日に決定。2泊3日で料金は26万円。ビザ取得のためパスポートと免許サイズの写真2枚を至急おくるようにとのこと、直ぐに送る。2日後に、上越新幹線の東京駅から始まる日程表、中国語の挨拶文、注意事項、緊急連絡の電話番号を用紙5枚ほどにプリントした小冊子が届く。新潟空港9:00発のハルピン行きの飛行機である。東京駅からの新幹線で行く日程表になっているが時間的に少し余裕がないので、前日に新潟に行きホテルに泊まることで、計画を変更してもらう。待ち合わせ場所は万代口改札の所で6:00.。そして、近くのバスセンターから空港行きのバス利用となっている。手続きも問題なく進み、3週間も過ぎ、ついにその日を迎える。余裕をみてホテルに泊まったのであるが、久しぶりにホテルに泊まり、お見合いとあって緊張していて寝不足である。また、6:00万代口に業者がなかなか来なくてあわてたが、7分遅れで現れ。無事、6:30空港に到着。空港はまだ早い時間帯のためか人もまばらで静まり返っている。喫茶店にも準備中のフ゜レートがかかっている、たまたま店員が出てきたので、まだですかと聞くとどうぞと言うので中に入りコーヒーを注文、業者のAさんは出国カード、入国カード、税関申告書などチェック、小生の分と小生のパスポートを返し絶対失くさないようにと注意する。20分ぐらいして手荷物検査のところに、人もだいぶ集まってきたので我々も喫茶店を出て手荷物検査に向かう。小生のキャリーバッグは機内持ち込みにしてもらう。それから2階に行き出国審査を済ませ、3階の免税売り場もある待合室で待つ、20分ほどもすると急に人も増え50人ぐらい、免税店にも人がいるので70人ぐらいはいると思われる。そして、半分以上が中国人のようである。やがて、登場の時間である。小生はAさんからはぐれないようにくっついて進む。100名ぐらい乗れる程度の中古の飛行機である。小生は左側の窓際、隣がAさん。座席が若干小さいように思う。乗客はかなり乗っていて90%ぐらいいるように思われる。外は快晴である。やがて、飛行機が動き始める。離陸の時間である。日本海に出て、そして日本海を北に進みます。海も空も真っ青です。なんだか、幸先が良いように思われる。つづきは次回に。

今回だめなら止めようと思っていたのであるが、どうしたことかメール交換希望女性2名共もOKの返事。とくに、はじめの女性は、写真ではあるが小生好みのきれいな女性である。ただ、年齢が小生より大変若いので多分だめだろうと思っていたのでOKの返事をもらった時は、天にも昇る思いであった。しかし、まだ始まったばかりメール交換の段階でお断りされることもあるのだ。油断はできないのである。そんな感じでメール交換を開始する。第1回のメールには小生のプロフィール、そして、小生の離婚のいきさつや現在までのことについて書く。簡単に述べると。小生の妻は理髪の免許を持っていたので近くの病院の理髪室で2年ほどアルバイトをし、その後その理髪室のオーナーから引き継いで゜やることになり、いっきに、収入は2万円から40万円ぐらいになり、そのあたりから、小生と彼女の間が次第におかしくなり、ついに、彼女から離婚したいと言い出したのである。彼女は仕事が忙しいいということで、家事や食事のことがおろそかになり、ちょくちょく口喧嘩するようになっていたので、小生も離婚をすんなりと了解したのである。離婚は彼女から言い出したのであるから、小生は慰謝料を払うつもりもないし、近い将来、また結婚できるというひそかな期待も多少はあった、いや、大いにあったのである。しかし、離婚してみると、40歳の平社員で安月給の小生を相手にする女性はいず、比較的簡単に離婚をしてしまったことを後悔するばかりであった。それでも、課長になれば、世間の女性もなんとか相手にしてくれるのでないかと思い、課長になるべく一大決心をする。先ず、仕事に必要な資格、電気や冷凍機械等等、を取るべく勉強を開始する。そして時が過ぎ、ついに、これらの資格も取り課長になる資格は十分であるところに達したのである。しかし、残念ながら、この時小生の年齢は60歳まじかになっていたので、ついに課長になることはかなわず定年を迎えることになってしまったのである。以上のことをハルピンの彼女に書き送る。5日後に彼女からメールが届く。彼女は小生のメールに非常に共感を覚え、良い印象を持ったとのこと。そして、年齢のことについては気にしない旨のことが書かれていた。続きは次回に。
小生、現在66才27年前離婚後一人暮らしインターネット暦3年。最近、インターネットしていて国際結婚のことを知る。沢山の業者がホームページをだしており、かなりの人が利用し結婚されているようである。そして、結婚された人達の紹介のところに60才代の人も数は非常に少ないけれど見られる。小生、結婚については半ば諦めていたのであるが、これらの記事を見て可能性があることを知る。勇気百倍・・・いや五十倍ぐらいかな。早速、中国関係で信頼できそうな業者にインターネットで問い合わせる。その日のうちにOKの返事が届く。そして、業者の指示に従い、小生の簡単なプロフィールにデジタルカメラで撮った写真を貼り付け、メール交換希望女性2名を記して送る。3日後に返事が届く。メール交換希望女性からいずれもお断りの返事がありましたとのこと。ショック、取り戻した勇気も崩壊しそうである。気を取り直して、次の業者にアタックする。すぐに返事が届く。その業者は60才までの人を対象にしており、60才を過ぎた方はお断りしていますとのこと。えぇ・・そんな・・。たしかに、そのことが業者のホームページに記されていたのである。ただ、今回は女性から断られたのではないことが救いで、ダウン寸前ではあるが、またまた、気を取り直して最後の業者にアタックする。今回だめなら止めようとひそかに決心する。ほんとかな・・・。北陸の業者ですぐにOKの返事が届く。早速、例によって小生のプロフィールとメール交換希望女性2名を記して送る。はじめの女性は32才再婚子供は父方でとても綺麗な女性である。次の女性は37才で同じく再婚で子供は父方で、写真が逆光になっていてはっきりしないけれど綺麗な様子である。そのためか44〜45才に見える。とは言え、こちらは文句がいえる立場ではないのである。4日後に返事が届く。なんと、今回は2名ともメール交換OKである。つづきは次回に。
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